入院まで残り10日になりました。
8月4日は、生後4日目だった三女が大学病院へと転院した日です。
「ただ小さいだけ」
そんな奇跡は、どんなに願っても叶えられるはずがないって、わかっているんですけどね。薬の力を借りて今を生きるのが精一杯。
それが現実です。
読み返して、この気持ちが今の心境と重なることに気づき。1日をちょっと感傷的に過ごしてしまったかもしれません。
フォンタン手術は最後の手術
フォンタン手術は、単心室症を含む複雑心奇形の手術です。根治手術ではなく、機能的修復手術といいます。
三女が左心低形成症候群だとわかってから、私たちはここをめざしてきました。
「ついにここまで来ることができたんだ」と思います。それと同時に「ついにここまで来てしまったんだ」とも思います。
素直に嬉しい、そして怖い。
三女はフォンタン循環で生きていきます。
このことを、私たちは喜びの感情だけで迎えられるわけではないんです。
フォンタン手術とは
右心室を体循環に使用するため、本来右心室で行われる肺循環は「心臓を通さずに直接肺へと送る」ことになります。
肺動脈に上大静脈を繋げ、上半身のチアノーゼを解消するのが両方向性グレン手術。下大静脈を繋げ、下半身のチアノーゼを解消するのがフォンタン手術です。
現在のSpO2は85~90ですが、術後は健康な人と同程度まで上がります。
ウィキペディアによると術後10年で94%の生存率、84%の術後合併症非発生率とも書かれていますから、数字だけ見ると希望を持てますね。
初めてフォンタン手術の説明をしてくれたのは、総合病院の小児循環器の医師でした。この手術が終われば普通の人と同じように生きられると聞き、どれほど救われた思いだったでしょうか。
けれど、実際には違いました。
フォンタン手術のリスク
フォンタン手術は単心室循環患者のQOLや生命予後を著しく改善したが、その術後病態は極めて多様で、他の先天性心疾患患者術後に比べ予期しない入院や死亡の頻度は依然として高い。
最近の医療の進歩によりフォンタン手術の成績が格段に改善したが、術後遠隔期の高い臨床事故予防や軽減に向けた治療管理戦略がほとんど確立できていない。
その高頻度の事故の背景には特異な循環の病態把握がいまだ不十分であることに加え、この特異な循環不全病態の長期予後(一生)の全容が不明である現状がある。
今から40年以上前に、フォンタン手術は報告されました。
現在はでは成人先天性心疾患(ACHD)の方も増えていて、ブログなどで発信されている方もいらっしゃるのでとても励みになっています。
フォンタン手術にはいくつかの術式がありますが、大学病院の看護師さんによると、「やり直しフォンタンで来る患者さんもいるよ」とのことでした。
術式の改良、遠隔期の管理向上、嬉しいことです。
それでも大きな不安が残るのは、フォンタン循環での多臓器障害です。
フォンタン術後症候群
フォンタン型手術は低酸素状態にあった循環動態を正常酸素濃度にするための手術です。決して、病気自体を治す手術ではありません。
長期間、1つの心房、1つの心室で人間の体の循環を回すことは、やはり、どこかで無理が生じます。
多くの患者さん方が、成人期になってきましたので、最近、いろいろな問題がでることが次第に分かってきました。それら問題というのは
1)弁逆流
2)不整脈
3)低酸素血症の再発
4)蛋白漏出性胃腸症
5)血栓
6)肝障害 などです。
フォンタン手術後に出てくるさまざまな合併症は、心臓に限られたものではありません。
先日の心臓カテーテル検査の際には、これらの大きな原因の1つに中心静脈圧の上昇があるとも聞きました。
前述した通り、84%の術後合併症非発生率ならば嬉しいです。
小児慢性特定疾病情報センターのサイトによると、術後10年で約50%が本発症となるとも書かれていますから、情報に一貫性がないのも不安の1つです。
今でこそ記述は見当たりませんが、2年前に調べた時には「循環が破綻する」「50年生存率は絶望的である」といったような表現も目にしました。
結局やってみなければわからないことです。
同じ手術へ向かうとしても、状態の良し悪しが結果を左右することもあるでしょう。現在がとてもいい状態であることは、何より嬉しいことです。
どこに目を向けるか
不安をあげればキリがありません。
私たちはこれまで目の前の目標に向かって、ひとつひとつ乗り越える気持ちで進んできました。特に退院までの7ヶ月は、先のことなどまったく考えられないほどに『今』しかありませんでした。
それがこの2年間ずっと続いてきて。目標としていたはずの最後の手術は、今までの手術の中でもっとも怖いです。
フォンタン手術が終われば、この先は守りの時期に入るような感覚がどこかにあるんです。
これまでは「手術」を目標にしてきました。
この先ももしかしたら手術はあるかもしれないけれど、フォンタン術後症候群の症状が出てきた際には、基本は対処療法になるのだと。
病態把握が不十分であるということは、治療法が確立されていないということです。
まだまだこれから医学は進歩していくけれど、それでも何が突然起こるかわからないことに変わりはありません。
三女の今は、想像をはるかに超える状態のよさです。それが本当に嬉しくてありがたいことであるからこそ、思うんです。
今が人生で一番元気な時だとしたらどうしよう、と。
三女にとってフォンタン循環が適応になるのだから、手術にメリットはあります。先生方の判断や技術に対して不満や不信感は一切ありません。
すべてをお任せすることに躊躇いはないんです。
ただただ、ここにある仮定が怖いだけ。
頑張って乗り越えてきたもの、積み上げてきたもの。
それがひっくり返って、大きな大きな砂時計の砂がサラサラと流れ始めるようなイメージが浮かびました。
「砂時計を止めることはもうできないんだ」
細く長く生きるのが幸せなのか、太く短く生きるのが幸せなのか。そんなことわかりません。何が正しいなんてこともありません。
ただ今は、痛かったり苦しかったりする時間はできるだけ短く、そしてできるだけ遅くに来てほしいと……見守るしかできない親の身勝手を言いたいだけなんです。
頑張れ、頑張れ。